糸井重里 Itoi Shigesato

1948年11月10日に群馬県前橋市で生まれました。生まれて間もなくに両親は離婚して、父親に引き取られ、祖母に育てられました。小学3年生の時に父親は再婚しました。たいていそうであるように幼少時は漫画が好きで漫画家に憧れていました。中学校時代は北杜夫の本に熱中して読んでいました。法政大学を卒業し、知人に薦められて”宣伝会議”のコピーライター養成講座に通っているうちに、1968年にデザイン事務所『サムシング』に就職しました。1969年に”TVCFアイディア賞”で銀賞を受賞し、1971年には金賞を受賞しました。1973年に『サムシング』が倒産すると、フリーランスとなり、同年に”宣伝会議賞”を受賞しました。1975年には東京コピーライターズクラブ新人賞を、翌76年に東京アートディレクターズクラブ賞(ADC賞)を受賞しました。同76年に漫画誌『ガロ』上で、湯村輝彦が作画を担当し、糸井原作の「情熱のペンギンごはん」の連載を始めました。1980年に雑誌『ビックリハウス』上で、読書投稿ページ「ヘンタイよいこ新聞」を担当し、若者達の支持を集めました。その後、西武百貨店の「不思議、大好き」(1982年)、「おいしい生活」(1983年)などのコピーライトでも脚光を浴びました。1998年にはウェブサイトに「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設しました。