フロイド・カウンシル Floyd Council

1911年9月2日にノースキャロライナ州チャペルヒルで生まれました。ザ・デヴィルズ・ダディ・イン・ロウ( The Devil's Daddy-In-Low )、ディッパー・ボーイ・カウンシル( Dipper Boy Council )の異名でも知られています。ブラインド・ボーイ・フラーズ・バディのクレジットもあります。1920年代にチャペルヒルのチャペル・ヒルビリーズ( The Chapel Hillbillies )というバンドを組んで街頭で歌い始め、20年代末から30年代前半にかけてはブラインド・ボーイ・フラーと行動を共にしていました。1937年にARCとヴォカリオンに8曲を録音しました。1937年の最後の録音2曲はサニー・テリーと共演しています。「Carolina Blues 1937-47」で1937年の録音を聞けます。戦後も1970年にトリックスに録音しましたが発売されませんでした。同日にルーファス・ジョンスンの録音で伴奏しましたが、これもお蔵入りとなっています。1960年末に脳卒中を患い喉首に筋肉に麻痺が残り、1970年に民族学者のピーター・B・ロウリー( Peter B. Lowry )が録音を試みましたが、彼の歌と演奏は回復することはありませんでした。1976年5月9日にノースキャロライナ州サンフォードで心臓病のため死去しました。
Runaway Man Blues
Floyd Council - Runaway Man Blues
Poor and Ain't Got a Dime
この映像の初めに出てくる写真が、フロイド・カウンシルです。Amazonはどうやら間違えて、ピンク・アンダーソンとブラインド・ボーイ・フラーの写真を使っています。
Floyd Council - Poor And Ain't Got A Dime (1937)
Floyd Council - Lookin' For My Baby