源氏太郎

1929年に東京都赤坂一ツ木に生まれました。落語家としては春風亭小柳三(しゅんぷうていこりゅうざ)に師事し、漫談では関東漫才の始祖、東喜代駒(あずまきよこま)に師事していました。弟子としての芸名は東笑児(あずましょうじ)を名乗りました。娘は曲独楽師の三増巳也(みます・みや)です。
デビューした1947年当時のGHQキャンプ(米軍キャンプ)で、首にはハーモニカ・ホルダーを掛け、三味線を抱えて、下駄履きでタップダンスを踊っていました。日本では”八人芸”と呼ばれていましたが、より強力にするために、太神楽の先輩から皿回し芸を学び、ギターに皿回しの棒を取り付け、足にはカスタネットという芸風を作り上げました。その後、民謡の専属司会者や、放送番組の司会者を務め、1985年に日本ハーモニカ賞を受賞しています。